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2006.01.23

新選組の足跡(府中)

今回はちょっとマニアックです(^_^;)。
訪れたのは昨日ですが、一昨日の雪が少し残っていました。東京では滅多に雪は積もらないので、ちょっと貴重な写真になったかも。

◆大国魂神社
近藤勇は1860年9月にこの神社に献額と型試合を奉納しているそうです。
翌1861年8月には、ここで天然理心流4代目襲名披露の野試合が行われています。
私が毎年初詣に訪れる神社でもあります(三が日過ぎてから行く事の方が多いですけど)。
Fu1 Fu2

神社の前にはケヤキ並木があり、この並木は国の天然記念物に指定されています。鳥居の横にあるこの木(写真右)がかなり太くて長老という感じかな。幕末には既にあったようです。

宝物殿(日曜のみ見学可)には、徳川慶喜自筆の額というのがありました。Fu3_2
思わず高幡不動の近藤&土方の顕彰碑への文字入れを慶喜に頼んだら、涙を流すだけだったという話を連想してしまいました。大国魂神社の額には書けて、近藤&土方の碑には書けないんですか?(泣) まぁ、松平容保公が代わりに書いてくれたっていうからいいんですけど。その涙にはどういう意味があったのでしょう?

新選組とは関係ありませんが、家康の陣羽織などもあってびっくり。陣羽織といっても、もうボロボロで、何だかよくわからない状態。
徳川家から送られた朱印状もたくさんありました。

◆旅館「松本」
Fu4元は旅籠。↑の献額後にはここで祝宴が開かれたそうです。
襲名披露の野試合の後もここで飲めや歌えやの大騒ぎを演じ、小島鹿之助という人(有力な後援者)からは苦言を呈されたそうです。

◆中久本店Fu5
旅館「松本」のすぐ近く。この蔵は1861年に建ったそうです。勇の4代目襲名と同じ年ですね♪ 勇が足を踏み入れた事があるかは不明ですが、高札場の向かいなので、視界には入っていた事でしょう。
酒屋さんですが、奥が喫茶店になっているので入ってみた事があります。喫茶室内はきれいに改装されていますが、古い柱などがあって、ちょっとだけ歴史を感じることが出来ます。落ち着けます。

◆関田家
新選組一行が「甲陽鎮撫隊」と名を変えて甲府へ向かう際、日野までは来た労咳の沖田総司ですが、結局その先は連れて行ってはもらえず、関田家での療養を命じられたそうです。当時関田家は製油業を営んでいましたが、石田散薬も取り扱っていたのだとか。

Fu6 Fu7

「関田」という表札があったので写真に撮ろうかと一瞬思いましたが、一般のお宅なので自粛しました。代わりに隣りの常久八幡神社の写真を載せておきます。鳥居と碑の間から見えるのが関田家ですが。
この辺、八幡神社がいくつもあるので、訪れる方は間違えないようお気を付け下さい。
この神社、私が行った日は子供が遊んでました。壬生寺でそうしたように、この辺の子供達と遊ぶ元気が当時の沖田にはあったのでしょうか?

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