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2006.04.14

新選組の足跡(文京1)

先日、ボン・ジョヴィのライブを見に行った事を書きましたが、その日、「本郷三丁目」の駅で待ち合わせて、ボン・ジョヴィ・ファンの皆さんとランチを食べに行きました。
行ったお店は「ファイヤーハウス」というハンバーガーショップ。ご一緒させていただいた皆さんの中に文京区在住の方がいるのですが、彼女推薦のお店です。

その店の近くで偶然「真砂」というプレートを見つけました。胸が高鳴りました。なぜなら、斎藤一さんは「真砂町」で亡くなったのです。「真砂町」というのは昔の呼び名で町名としては現在存在しません。思わず、「斎藤さんが私を呼んでいる〜」と思いました(妄想)。

その日はゆっくり散策する暇が無かったので、日を改めて「斎藤さんの縁の地めぐり」をやってきました。
東京在住の斎藤ファンとしては、真っ先に訪れなければならなかった……かもしれない場所ですが、「いつでも行ける」という思いから随分先延ばしになってしまいました。

今回の写真はひどいです。
せっかくカメラ持って行ったのに、メモリースティック入れ忘れてました(がーん)。ディープインパクトを近くで見た日以来の失態(>_<)。
なので、今回の画像はおもちゃのようなPHSの内蔵カメラで撮ってます(涙)。

さて、斎藤ファンにとって大事な場所は今の地名で言うと本郷4丁目です。
私の頭には「真砂」という地名ばかりがインプットされていましたが、本郷4丁目でした。
ん? そういえば、↑の待ち合わせ場所が「本郷三丁目」の駅でしたが……

「もしや」と思い、「ファイヤーハウス」の住所を調べてみたら、な、な、なんとまさに本郷4丁目でした!! かなりビックリ。「真砂の最寄り駅は春日」と思っていたので余計ビックリ。知らない間に4丁目まで歩いていたんですね。ちょっと運命を感じてしまいました(笑)。いや、4丁目っていっても結構広いんですけどね、自分の意思とは関係なく斎藤ゾーン(?)に足を踏み入れていた事が妙に嬉しかったです。斎藤さんの魂に導かれたって感じ?←ばか

このお店を教えて下さった方は、生まれてからずっと文京区にお住まいとの事だったので、思わず斎藤さんの事を尋ねてしまったのですが、「京都で亡くなったんじゃなくて、東京で殺されたの?」との反応。ああ、斎藤さん、この辺に住んでいた事、全く知られていないよ。地元のヒーローではなかったのね。

「新選組の人って殺されてる人が殆どなんですけど、斎藤さんは長生きして東京で病気で亡くなってるんです」と私。

あれ、「病気で亡くなった」と言った時に、申し訳ないような変な気分になったのはなぜだろう?
「皆死んだのに、なぜオレだけが残ったんだろう」という斎藤さんの思いが一瞬乗り移ったのかも(違)。
あるいは、「臆病だから生き残ったわけじゃないですよ!! 強かったからですよ!!」と弁明したかったのか?……自分の感情ながら謎です。

明治の世では、「以前新選組で人斬ってました〜♪」なんて軽々しく言えないし、無口な斎藤さんが自分からそんな事を言うとも思えないけれど、たまたま新選組の隊士だった事がバレた時は、どうしたのかな?
「え、新選組の人、生きてたんだ?」なんて反応をされたら……「生きててすみません」なんて事は言わないでしょうけれど(^^;)、居心地悪かったでしょうね。

話を戻しましょう。
日を改めて、再び本郷四丁目に行ったという話です。

◆本郷4-11(旧真砂町23番地)Bu1
斎藤さんのお兄さんとお父さんが住んでいた所(つまり山口家)。
斗南から上京したばかりの斎藤さんも一時一緒に住んでいたそうです。この土地の名義が斎藤さん(っていうか藤田五郎さん)になっていた事もあったらしい。
しかし、現在、斎藤さんに関する碑などは全くなく、金田一京助さんが住んでいたという案内板がありました。今は一般のお宅が建っています(建物は当時のものではありません)。その写真を載せるのはまずいような気がするので、土台の写真だけ(笑)。

◆本郷4-14(旧真砂町30番地)
Bu2 Bu3

警視庁を退職した後はこの辺に越してきたそうです。亡くなったのもこの辺との事ですが、「4-14」といっても結構広く、斎藤家(藤田家)のあった場所は特定出来ないそうです。なので、この辺念入りに歩き回り、あちこち写真撮りまくってみました、PHSですけどね(泣)。Bu4
アヤシイ場所の一つは東京ミュージック&メディアアーツ尚美。
専門学校なので、かなり広い範囲の敷地を占めています。
この名前、サクソフォンマニアなら聞いた事があると思うのですが、ここのディプロマ(上級)コースからは有名なサックス奏者が何人も輩出されているのです。斎藤さんが住んでいたかもしれない場所から名サックス・プレイヤーが羽ばたき私の心を揺さぶっているなんて、すごい偶然……というか、空恐ろしいよ〜。

この辺には新築マンションもありました。モデルルーム公開中みたい。ここのフラッシュ見ると本郷ってすごい素敵な場所みたいで住みたくなっちゃいます〜。

◆本郷4-30?Bu5
どこかでこの住所も斎藤さんに関係があるような記述があったので一応行ってみたのですが……ひょっとしたら↑の真砂町30番地と混同されているだけなのかもしれない(^^;)。
近ごろ珍しい銭湯があったので、関係ないけど撮ってみましたよ(笑)。

◆真砂中央図書館
「真砂」というプレートを初めて見た時は思い切り感動した私ですが、結構この名前、あちこちに残っていました(^^;)。という訳で図書館にもちゃんとこんな名前が付いてました。郷土の英雄・斎藤さんの資料でもあるかと思い入ってみたんですけどね……

ない!!

全く無い。
……当然といえば、当然か?
でも……試しに勇気を出して聞いてみました。

私「すみません、真砂にゆかりのある人について書かれた本とかってありますか?」
係員「真砂?」
私「あ、もうホント、ごくこの近辺の……」
係員「文学者ですか? 樋口一葉とか……」
私「いえ……(口ごもる)」
係員「たとえば、誰です?」

「えーん、聞かないでよ〜」と思いましたが、引くに引けなくなりました。もう2度と来る事もないし、ええい、言っちゃえ。

「斎藤一とか(笑)」←思わず笑っちゃったよ

係員「……斎藤一ですかぁ……この辺に関係あるんですか?(怪訝そう)」

思い切りホームかと思ったら、アウェーみたい……。

私「真砂に住んでたみたいです。金田一さんの家のあった辺りに」
係員「……ちょっと待っていただけますか?」

……結局、何も出てきませんでした。
私もあんまり手をわずらわせたくなくて、「あ、いいです、いいです」と早めに引き下がったつもりですが(汗)。ヘンな事訊いてごめんなさい〜。
係の方、若い方でしたが、ベテランさんでも何も出て来なかったかも。文学者のローカル資料は山ほどあったのになぁ。

思うに、文京区って史跡が多すぎです。
あれだけ史跡があったら、斎藤さんが住んでた事なんて取るにたらない事なのかも知れない。「井上源三郎資料館が出来る日野とは違うなぁ……」としみじみ思いました。知名度でいえば、源さんに負けてない筈なのに。
まぁ、愛され方が違うのでしょうね。あちらは地元の生んだヒーロー。
斎藤さんはどっかから流れて来たよそ者? お墓も会津にある位ですしね。

それにしても、この図書館、面白かった。
なんと、LP(レコード)を貸し出しているのですよ!! クラシックやジャズだけではなく、ロックもありました。ボウイの『レッツ・ダンス』があったのには感動。
やっぱりLPのジャケットの迫力は凄いものがあるなぁ。

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