« 人生初の最前(ボン・ジョヴィ) | トップページ | 新選組の足跡(文京1) »

2006.04.12

新選組の足跡(黒谷・西本願寺・油小路)

バトンとボン・ジョヴィ(どちらも楽しかったぁ)で中断してましたが、京都旅行についての続き、いってみます。

光縁寺に行った後はランチです♪
何を食べるかは決めていました。秋に行こうとしたお店です。あの時は道に迷い過ぎて、お昼を食べる時間が無かったのです(泣)。もっとも、くずきりでお腹一杯になっちゃってましたけど(^^;)。

◆古高俊太郎邸跡(?)
お目当ての店は『志る幸』。Kyo1
池田屋事件のキーパーソン・古高俊太郎の家の跡地と噂される所にあるお店ですが、お味噌汁が美味しいらしく、観光客だけではなくて地元のOLさんなどもランチに使うのだとか。値段はちょっとお高めですが行ってみましたよ。
がっ!!
なんと、お休み。
水曜定休です。うう、以前定休日は確認した筈だけれど、秋は火曜に行くつもりだから意識しなかったんだ〜。
(店の横にはこんな碑→がありました)

困りました。が、そこでふと思い出しました、
「三条大橋高札事件の時に原田左之助達が待機していた場所が今はお蕎麦屋さんになっている」という事を!!
実は前回行ったのですが見つけられなかったこのお蕎麦屋さんを、改めて探してみる事にしました。
そして発見しました!!

◆三条会所跡
Kyo2現在ここにあるお蕎麦屋さんとは『有喜屋』でした。
注文してから出て来るまでは結構待たされましたが、お蕎麦はコシがあってとっても美味しかったです。また行きたい位♪
隣のテーブルには外国人のグループが。なんか聞き慣れない言葉を話してました。英語や独・仏語っぽくはなくて、ロシアとか東欧とか……そんな感じ?
「お蕎麦屋さん」という事しか知らずに入ったのですが、支店がいくつもある有名なお店だったみたいです。京都ホテルオークラの中にも支店がある模様。……オークラといえば、長州藩邸があった所で桂小五郎の像があるホテル……。

シャッター押す瞬間に人が出てきちゃいました。カメラの電池がピンチだったので、撮り直しはしませんでした。ここに載せてしまったけど、顔写ってないので大丈夫ですよね。
三条大橋の刀傷はまたしても確認出来ず(爆)。

Kyo3◆黒谷金戒光明寺
秋のリベンジシリーズ(^^;)、続いては金戒光明寺。
道に迷いそうになった時に目の前に観光バスが停まったので、「もしや」と思い尾いて行ってみたら、「金戒光明寺参道」という所に辿り着きました♪ バスの駐車場は無いみたいで、乗客は路肩(?)で降ろされ結構歩かされてました。

Kyo4「紅葉がキレイ」という噂を目にしていたので秋に行きたかったのですが、桜もたくさんありました。「まだ桜の季節には早いかな」と思っていたのですが、ここの桜は早目に咲くそうで、かなり楽しめました。
「これで晴れてたらどんなに素敵だろう?」と思っていたら、帰宅後に『めざましテレビ』でここの晴れた日の映像を流してました。思った通り美しかった……。「隠れた桜の名所です」だって。「それ程混まないのでおススメ」なんて言ってました。確かにおススメだと思います。

ここは、京都守護職・会津藩主松平容保が本陣を構えた所です。
文久三年に京都守護職御預かりとなった壬生浪士組ですが、近藤・芹沢等がここで初めて松平容保に拝謁がかなったのは三月十六日の事だったそうです。八月十八日の政変以降は、新選組の壬生の屯所と黒谷本陣との間では報告・伝達が毎日のように行われていたのだとか。
会津人の墓がたくさんありました。あ、会津小鉄のお墓チェックしそびれた〜。

Kyo5◆西本願寺
初めてここを訪れた時はまだ新選組ファンではなかったけれど、その大きさ・迫力に圧倒されて感動したのを覚えています。こんな所を屯所にしようと考えるなんて土方恐るべし。新選組ファンになってから来るのは今回が初めてですが、工事中だったのが残念。
写真は新選組が屯所の一部として使った太鼓楼でこれは当時のままだそうですが、北集会所は姫路市の本徳寺に移されてしまっています。そっちも行ってみたいなぁ。
晩年の島田魁は西本願寺の守衛として勤務していて、この辺に住んでいたようです。

◆中井正五郎の碑
(一般的には「庄五郎」という表記が多いと思うのですが、碑は「正五郎」となってます)
Kyo6 Kyo7

中井庄五郎が亡くなった所ですが、「天満屋事件があった場所」といった方が新選組ファン(特に斎藤ファン)はわかりますね。碑の側面には「維新史跡 慶応三年十二月七日天満屋騒動之跡」と書いてあるそうですが、正面の字にしか気が付かなかった。がーん(注意力無さ過ぎ)。
実はここも油小路です。つまり天満屋事件が「油小路の変」と呼ばれていてもおかしくなかったというか。そして、油小路の変があった場所とかなり近いです。Kyo8
秋もこの道を自転車で走ったのですが、あの時は自転車の返却時間が迫っていたので慌てていたし、ライト付けて走った位暗かったのでこの辺の事はよくわかりませんでした。
でも、明るくても見過ごしちゃいそうな目立たない碑です。
ああ、ここで斎藤さんが彼の人生の中でも屈指の大ピンチに遭遇したのですね……。

◆本光寺Kyo9
伊東甲子太郎が亡くなった所。はい、油小路です。
ここも目立ちません。秋に気付かなかったのも当然という気がする……。
一見一般のお家です。碑はあるのですが、門で隠れてるし。
呼び鈴を押せば中に入れてくれて説明もしてくださるという旨が書かれていましたが、そこまでする程の伊東フリークでもないので、今回は門前チェックのみで引き揚げました。


以上、2006春の京都ひとり旅の記録でした。「秋のリベンジ」といえば寺田屋も思い浮かぶのですが、さすがに一日では伏見にまでは行けないので今回は我慢です。次はいつ京都に行けるかな?

|

« 人生初の最前(ボン・ジョヴィ) | トップページ | 新選組の足跡(文京1) »

コメント

聞いてくださいよ、YAGI節さん!
いや、突然で失礼します。
私も古高俊太郎の家を写真に撮ってきました。
道に迷って、ウロウロしていたら、いきなり、発見!
夜遅くだったので、お店だったことは、よく判らなかったのですよね〜。残念。
そうだ、YAGI節さんに便乗して、書いてしまおう、と思って、画像を見たら、ボケボケ…。シャッタースピードが、夜だったので、自動的に、遅く…(遠い目)

寺田屋に宿泊するのなら、同性のグループで♪

投稿: パラ野 | 2006.04.19 17:53

パラ野さん
思いがけず、史跡にぶつかったりすると嬉しいですよね〜。
ちなみに、私もお店の写真はボケボケでした。古高が悪さをしているんでしょうか?(汗)

>寺田屋に宿泊するのなら、同性のグループで♪

わぁ、寺田屋に泊まった事あるんですか!!
「同性のグループ」指定って、何か重大な意味が隠されているのでしょうか?

憧れの月真院は今は宿泊受け付けてないみたいですね。残念だなぁ……。

投稿: YAGI節 | 2006.04.20 00:47

今は判らないのですが、私が泊まったときは、女将に「あんたたち(ポイント)、女の子のグループよね?」と、予約の電話で脅され…ではなく、確認され、宿に着いてからは……という経験をしました…(遠い目)
月真院、昔は泊れたのですか!?
宿坊などは詳しくないのですよ〜^^;

>古高
新選組スキーさんのオーラを感じると、カメラに悪さをするのでしょうか!?
まさか…イヤン(汗)

投稿: パラ野 | 2006.04.20 00:52

パラ野さん
ネットで「泊まった」って話を時々見かけるんですよ>月真院。
羨ましいですね。でも、今は泊まれないみたい(;_;)。

寺田屋の件、全くわかりません〜。
「カップルで行くとお龍さんが妬くとか?」など恐い系を想像してしまったのですが、そういう事でもなさそうですよね???
最初のコメントでは音符マーク付いて楽しそうだったし……。ううむ?

あ、答え辛かったら内緒のままで構いません。

投稿: YAGI節 | 2006.04.21 00:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 新選組の足跡(黒谷・西本願寺・油小路):

« 人生初の最前(ボン・ジョヴィ) | トップページ | 新選組の足跡(文京1) »