野馬台の詩
フィギュアに熱中するあまり、感想をアップするのが遅れてましたが、先日(25日)、『野馬台の詩(やまたいのうた)-吉備大臣と阿倍仲麻呂-』を観て来ました。
野村萬斎さんや梅若玄祥さんなどによる新作能です。
感想をアップするのが遅れたのはフィギュアのせいばかりではないかも。
なんだか、感想述べるのが難しいんです……。
一言で言えば「狂言みたいな能」という印象。
私は能を見に行って、よく「狂言は面白かった、能は難しかった」なんていう感想をアップしちゃってますが、だからといって能の狂言化を望んでいるわけでもなく……なんだかビミョーな気分。
新作能を作るのって、大変そうですね……
会場で、こんな物を貰いました。
一見意味不明の文字の羅列ですが
光に翳すと線が見えます。
その線をたどると……
「な、なんと、これは予言の書ではないですか!!」
という趣向が凝らされた素敵な配布物です
作品とリンクしてます。
もっとも、私は吉備大臣ではないので、線をたどっても意味などわかりませんが(爆)。
ところで、
現在進行形の作品で唯一私が全巻買い集めている漫画が『ガラスの仮面』。
文庫版で揃えています。その最新刊が今年初めに久々(何年ぶりか)に発売されました。文庫版の巻末には毎回著名人のあとがきが載っているのですが、最新巻は梅若玄祥さんなんです。玄祥さん、『紅天女』やったんですよね。そっちも観たかった~。
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コメント
新作能を作るのは大変なことだと思います。
どのような内容か分らないのですが、能の中に間狂言を入れるのは常套ですよね。でも能の謡は発声が似て非なるもので
狂言師では少し無理があるのではと、この前能を観た時に
感じました。巧緻は別にして能の重に対して狂言は笑いを伴うゆとりを出すため軽になりがちです。
その融合はこれからの課題かもしれませんね。
投稿: 早々 | 2010.03.29 22:35
早々さん
間狂言ならぬ間能という感じでした~。
「普通狂言は短いけれど、これは能みたいに長いし、能のシテ方が出て謡もあるし、狂言では取り上げないような身分の人が主役なんだから、能とでも名付けておきましょうか」みたいな感じでとりあえず「能」と名付けられているような(笑)。
玄祥さんが出る時だけ能っぽくなってました。当たり前か。
萬斎さんも玄祥さんと語るシーンでは能っぽくなっているんですが、おっしゃる通り声の出し方が違っているのに、2人同格の役という感じになると、そこはかとない違和感がありました。
あと、笑えるシーンがあちこちにあったのですが、能なのにシテが笑わせている感じが落ちつかず……って慣れの問題なのかな。
おかげで、わかりやすかったのですけどね~。
今は、「これは能という先入観ナシで観れば良かった」なんて考えてます。
「新作能」と銘打たれていたせいで、身構えてしまったかも。
投稿: YAGI節 | 2010.03.30 00:12