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2015.12.03

全日本チャンピオンの和プログラム

その昔、某日本人スケーターが八木節に合わせて演技を披露した事がありました。

彼は全日本チャンピオンではありましたが、世界のトップスケーターとは言えませんでした。
初めてその八木節の演技を見た時はあまり好感を持てませんでした。
「普通にやっても世界で勝てないから、奇策に走った」と思ってしまったのです。
当時の私はイギリスかぶれで、自分が日本人である事にあまり誇りを持てていませんでした。
「ロンドンに生まれたかった」なんて思った事もあったっけ。

そんな私は海外のトップスケーター達の素晴らしい演技を生で見たくて、リレハンメル五輪を見に行ったのですが、その時聞いた八木節の調べに、なぜか心を打たれました。
日本で聴いていた時には何とも思わなかった八木節が、異国で聞いたら妙に心に沁みたのです。
オーケストラのアレンジが施されていたので、よく聞く民謡とは雰囲気が違っていたのですが、自分が日本人である事を強く意識した瞬間でした。

それから数週間後、フィギュア・スケートの世界選手権大会が幕張で開かれました。
私はそれも見に行ったのですが、その時の八木節の演技はオリンピックの時より数段良かった。
それまでに見たその選手の演技の中では一番素晴らしくて感動しました。
そして遅まきながら、その選手のファンになりました。残念ながら彼はその年で引退してしまったのですが。

その後、私はパソコン通信デビューをしました。
ハンドル名は「YAGI節」にしました。
リレハンメルで八木節を聞いて感じたほのかな愛国心めいた思いと、幕張で八木節の演技を見た時の感動を忘れたくないと思ったのです。
「和の文化を大切にしたい。日本の伝統芸能の事なんて全然知らないから少しは勉強しなくっちゃ」なんて思いました。
勉強の為、義務のような気分で観始めた歌舞伎の面白さを感じる迄には、結構時間がかかりました。
狂言は歌舞伎以上に興味が持てなかったので、野村萬斎さんにハマる事なんて予想していなかったのですが……

フィギュアスケート15-16中盤号 (日刊スポーツグラフ)あれからX年。
パソコン通信はなくなりましたが、私のハンドル名は「YAGI節」のままです。
そして、再び全日本チャンピオンが和物のプログラムに挑戦する事となりました。
かつての全日本チャンピオンは世界では歯が立たなかったけれど、現全日本チャンピオンはなんとオリンピック・チャンピオンです。はい、羽生結弦選手です。

冒頭では
「普通にやっても世界で勝てないから、奇策に走った」なんて書いてしまいましたが、
こちらは
「普通にやっても世界で勝っちゃうけど、より高度な事に走った」って感じ?

陰陽師―野村万斎写真集かつてイギリスかぶれだった私は、今でも相変わらずイギリス大好きですが、日本の事はもっと大好きになりました。
そんな私が今日本人で一番好きな芸能人が萬斎さんで、彼の当たり役・安倍晴明が氷上で演じられるなんて感慨あり過ぎです。

なんか客観的に見られませんでした。
万が一いい結果が残せず「『陰陽師』なんかやるからだよ」なんて陰口を叩かれたらどうしようとハラハラしてました。
もう「とにかく滞りなく終わって、優勝出来ますように」と願っているような状態でした。
が、スケートカナダでは、優勝逃しちゃいました。ひ~。

それが、NHK杯では世界最高得点です!! 322.4点とは~。凄すぎ。
オリジナル・サウンドトラック「陰陽師」コンプリートなんか感慨が重なり過ぎて、わけわかんない事になってます。でも本当に良かった。
日本人が和プログラムで世界最高得点とは、なんて誇らしい。
「タン!」と足を踏み鳴らすラスト、好きだな~。
晴明も喜んでるんじゃないでしょうか。っていうか、あの人だったら力になってくれそう(笑)。応援してくれていたかも?

ふと、「浅田選手も力を与えられるようなプログラムをやればいいのに」と思ってしまいました。悲恋の蝶々さんでは、トゥーランドット姫(トリノ・金)やボンド・ガール(バンクーバー・金)程は選手に力を貸してくれないような気が……(^_^;)。

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